えっと。ウィングマンの作者です。最近はリアルでかわいい女の子を書く人です。画集がほしい!
5巻まで読みました。正確な表記は's'の上にくさび2つ(濁点に相当)がのっかっています。いまのところ面白いです。しっかしこの人の漫画、相変わらず女の子が男の子を好きになる課程をかきませんねえ。まあつまり、視点が主人公(男の子)の1人称に近い3人称。まあだから感情移入はしやすいわけです。終わりが読めませんから。
ああでも、伝詠唱所(なんだこの変換は、おもわず保存したくなってしまった)とのちがいとして。アイズの女の子は、きれいなガラス細工のような「さわると壊れてしまうような感じ」があるなあ。
#なんだかこの人の漫画のことをかくとすっごく主観的に書きたくなる。何でだろ?
6巻を読んで。うーん。作者によると、意識的に女の子の気持ちを描いていないそうで、そういういみではこの漫画についてはそんなに間違った読み方をしていないらしい。でもって。「王様ゲーム」のくだりは(まだ終わってないけど)なんか妙に感情移入してしまった。いや、私、そういう「宴会による集団での無茶」っていうのがすっごく嫌いだからさ。←だからそもそもそういう場所にはいないんだけど
えっと。13巻に「最初は恋愛漫画なんて嫌でしょうがなかった」とありますが。そこをあえて書かせた編集者えらい。うん。いや、面白かったです。これ。
とにかく女の子の絵がすごい。やらしいけど。ああ、こういう方向で文を書くの、やめよう。
えっと。こういうフィクションにおける恋愛で、いつも思うのは「好きになる」という部分を書く人と書かない人がいるな、と。どういうことか、というと、「好きになる前のドラマ」と「好きになってからのドラマ」ということで。で、桂正和の場合は圧倒的に後者。「好きになっていることは前提」で、そこからドラマがおこっている。
あとね、感情描写について、作者が書いているとおり、かなりはっきりと言葉で説明しています。ふつうの少女漫画だと「あ、いいな」とかほほえみあたりで終わりそうなところを、地の台詞で「おまえのいいところひとつみーっけ」だから。
#今回、かなり主観はいってます。
愛編。ストーリーとしては、かなり混乱しているんだけど、圧倒的に面白い。本来のビデオ・ガールとは結局どういうものなのかはっきりしていないとか、「なぐさめる」がひとりあるきしているとか、新キャラクターが唐突に表れるとか。それはそれとして、週間連載ならではのハイテンションがうまく転がったな、と思う。
恋編。こちらのほうがまとまっている。圧倒的に。その分妙な迫力はないんだけど。そんだけ。あ、でもまとまっている分テーマがはっきりして面白かったです。
えっと。メガプレとかいうことばにはこの年齢になると引いてしまいます。
エンディング。好きです。この終わり方。私は結構予定調和が好きなんだけれど、このお話に関してはこれもありだな、と。いやむしろ、もう一つの形はちょっといやでした。