冒頭の通り、現在(97年)はゲームはほとんどゲームマシンでやるようになりました。PCエンジンを買ったのが最初で、ずっとしてから95年3月にプレイステーション、95年12月(かな?)にスーパーファミコン(順番が逆や)を買いました。
コンピュータの方はというと、93年8月に兄がATマシン(486−66)を買って、94年9月に自分でATマシン(486ー100)を買いました。現在はCPUがP−133になっています。最初にATマシンを買ったとき、もののはずみでゲームをいくつか輸入したのですが、X−WINGはチュートリアルで満足し、STRIKE COMMANDERはほとんどやってないな。一番やったのがWORDTRITHではないだろうか。
プリンセスメーカー2は面白かったです。かなりやりました。
考えたくないのだが、一番やっているのはこともあろうにフリーセル。WIN32Sの付属品で1000勝以上するまでやっているというのに、現在のWIN95のフリーセルのスコアは2000勝を越えている。最高78連勝だとさ。もう他人事のように言うしかない。どこがほとんどゲームマシンでやるようになったんだか。
文章にはなっていません。 リクエストがありましたら詳しく書きますが。
パロディー版アスキーの話。単独で発売されたものはまだ持っています。とくに、ガウォーゲームの年の分は、この年のみ発売されたテープアースキーも買いました(これは手元にない)。PC6001mkIIによる「ヒツジガ イッピキ」のテープが強烈。「あ・すきい新聞」はよく知りません。
jr100を借りたことがある。700グラムのコンピュータ。シフトキーとあわせて、アルファベットのキーを押すことでベーシックの命令が入力できた。
(昔のコンピュータはファンクションキーに命令が入っているのはふつう。)
6601も借りた。ディスクがすぐ壊れるんだよなあ。運が悪かったのか、元々不安定なのか。
現在手元にあるもの T&Eマガジン、ジェルダファンブック、ハイドライド3ヒントブック、ウルティマ4アバタールへの道、ロードランナーファンブック、ロードランナーファンクラブ会報1−3、年間ア・スキー83年号以降。98UX21本体。新明解ナム語辞典