第54回「白言葉」(00.04 09)

 基本的に、そのフィールドで「常識」とされていることを知らないのは恥である。大学の時は、常盤貴子を知らないのは罪であった。ええ、いまでも知りませんとも。顔、浮かびません。鈴木あみだって知らないし、そもそも例が浮かばないじゃないですか。テレビあんまり見ないんだってば。

 高校の時は、ガンダムを知らないのが罪であった。いいじゃん。もともとアニメほとんど見ないんだし。まあ、子供の時に見るべき物を見なかった、というのは罪が重いらしい。結局重い腰を上げてノベライズ版を読んだのだが、
どうもそれでは不可らしい。

 そして、この「常識」というのはフィールドが狭くなるほどゆがんでくる。それは、塾講師を一時的にやっていた時の話である。ほろ苦い記憶ではあるのだが、まあいいだろう。急にやめてしまった人の代打として、講師をしていたことがあるのだ。

 バレンタインデーに生徒の女の子からチョコレートをもらったのである。それ自体は大変嬉しかった。もらったチョコレートもおいしいものであった。問題はお返しである。お返しをしない、などというようなことをするのも気が引けるし。

 あまり何も考えずに、「チョコレートなら美味しい銘柄知ってるんだけどなあ…」ということで、ホワイトチョコを買っておいた。個人的にはホワイトチョコというものは美味しくないと思っているのだが、まあこのブランドならきっと「ホワイトチョコとしては」美味しいんだろう、と。

 さて。ホワイトデー当日。彼女があきらかにとってつけたような質問をしに事務室(教員室などというものはない)にやってきた。まあ、こちらから呼び出すような手間をはぶいてくれただけありがたい、と思うべきであろう。実際、こちらから渡しにいくような意志はなかった。(でもお返しを買っておくあたりが中途半端というか、卑怯というか。)

 で、「先月はありがとう」といいながらホワイトチョコレートを渡したわけですよ。

「ありがとー(はあと)」というような声とともにその場で開け始めたのはまあいいとして、いきなり顔色が変わる。

「せんせー、ちょっと、これはないんじゃない?」
「何が?」
「ホワイトチョコレートよ、これ」
「チョコレートがどうしたの? 美味しいのを買ってきたつもりだけど?」
「そうじゃなくて、意味よ、意味」
「意味?」
「知らないわけないでしょ、ホワイトチョコが「別れましょう」だっていう返事だって事」
「知らない知らない」
「だって、あれだけくだらないこと知ってるんだからさ、ねえ」
「いや、そんなこと知ってたら、こんなに気楽に渡すわけないでしょう」
「ひどいわ先生。私のこと捨てたのね。そんなにクールな顔して」
「いや、だから、誤解だってば、そもそも義理チョコのお礼にそんな意味があるわけないでしょう」
どうも禁句を言ってしまったようだ。口実を与えてしまった、というか。傷ついたような表情となった。

「ひどいわ。人が恥を忍んで渡したチョコを、義理だなんて」
「いや、だって、そんなことないってば」
泣き出してしまった。そのあと、彼女をひたすらなだめすかして、帰らせたのだが、詳細は思い出せません。
きっと記憶に封印がかかっているのでしょう。

 社員である講師にきいたところ、時々ある光景だそうで。
「ほら、バレンタイン、っていうのはちょうど学年がかわるころにあるでしょう。あれがいいタイミングなんだすよ。」
「なんかムードがばーっともりあがりやすいんですかね」
「まあ、そんな体験できるのも今のうちだからね」
「ああ、先生もそんな体験あるんですか」
「知らん」

 うーん。そうか、私の行動は「無神経」だったのか。「義理」部分については十分に反省したが、ホワイトチョコが「別れましょう」はないよなあ。どうも「チョコをもらう」というアクションに不慣れすぎて、こちら側でチョコの格下げを行っていたようだ。冷静に考えてみると、中学生がモロゾフ、というのはやっぱり勇気のいる行動だったのだろう。5個入り1000円のスタンダードだった。

 ところで、「白いハンカチは拒絶」というのが記憶の片隅からでてきたんですが、元ネタがみつかりません。まだバレンタインがきっちりと告白イベントだったころの話だと思うんですが。

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