不景気って言うのは本当に寂しいの。食べるのに関係ないお寺なんかはだれも手入れしてくれなくて、寂れ果てるままになっているのよ。最近は墓場変わりになっちゃって、死体を捨てに来る場所になっちゃったの。で、あたしはそんな場所でかがみ込んでせっせと死体あさりをしているの。
おかねもちっていうのはこんな時期にもいるもので、死体の髪の毛をあつめて持っていくと買ってくれるの。かつらにするんだって。そういう人がいるというのに、あたしはスカートが透けちゃうような着古しの制服に身を包み、ぷちぷちと髪の毛を抜いていくの。なんだか泣けてきちゃう。だって、女の子だもん☆
ガンバレ、あたし!
こんなけなげな暮らしをしているんだから、颯爽とやってくる貴族さまがきてくれてれてもいいわよね。けなげなアタシに一目惚れした貴族様。愛のためなら身分も越えて、プロポーズ。頬を赤らめてちいさな声で「はぃ……」というあたし。
そんな妄想で思わず顔が笑ってしまっていたところに、がたん、と大きな音がする。
振りむくと、鷹羽センパイだった。
センパイは貴族さまだけど、あたしたちとも仲良くしてくれていた。いつもぱりっと制服を着こなしていて、あこがれていたセンパイだ。一年ぶりに見るセンパイは、ニキビがたくさんできていた。きっとクレアラシルが手に入らなくなっちゃったのね。
それでもセンパイはまだかっこよくて、心がきゅん☆となったの。同時にあらためて自分の姿を意識しちゃった。こんな姿を見られてしまうなんて。あたしは恥ずかしくなっちゃって、昔のように「センパイ♪」と呼びかけることができなかった。
できなくて、よかった。
「どうしてこんなところにいる」
センパイの声は、聞いたこともないような低い声だった。先輩の声はもっと高くて綺麗な声だったのに。警棒を片手に大股で歩み寄ってくる。ちがう、センパイはもっと綺麗に、音もなく颯爽と歩くんだってば、こんなの、センパイじゃない! 違う!
あわてて立ち上がって走り出したけど、足がもつれちゃって思うようにすすめない。突き飛ばしてにげようとしたんでけど、あたしはついにセンパイに押し倒されてしまった。
きゃっ☆やさしくしてね……なんて考える余裕はぜんっぜんなくて、とにかくおっかなかったの。足ががくがくふるえるままセンパイの顔を見るんだけど、目を合わせることができない。
こわい。こわい。こわい。
「ここでなにをしている」
ふるえながら答える。
「えっとね、髪の毛を、あつめていたの」
声が震えていたけど、センパイの表情が少しゆるむ。それに気をよくして、舌がなめらかになる。
「えっとね、髪の毛をあつめると買ってくれる人がいるの。それは死んだ人には悪いと思うけど、そうしないとあたしは食べていけないのよ。それに、ここで死んでる人たちなんて、蛇を殺して、魚の切り身だっていって売ってたりするような人たちなの。だから、あたしがこういうことしても、分かってくれると思うの」
「そうか……」
センパイの表情がふっとゆるむ。わたしも緊張がゆるむ。――それはまちがっていた。
「俺も大変なんだ、分かってくれるよな」
とセンパイ。抵抗する間もなく制服がぬがされる。貞操の危機!? せめてやさしくしてね♪ なんて思うひまもなく、ぬがした制服を抱えてセンパイは走り去っていった。
なんだかただただ悲しくって、涙も出てこない。脱がされた格好のまま何も考えられなかった。それが5分だったのか一時間だったのか分からないけれど、体を起こしてあたりをぐるりと見回す。真っ暗な夜に、かすかに火の光があるだけだった。
センパイの行方なんか、知らない。
羅生門(芥川龍之介)
えーと。きっと彼女たちは再開して、そこでハッピーエンドになるのです。とにかくごめんなさい。