WFPを振り返る:26「龍の顎(あぎと)」

WFP26号から妖精賞の系譜より龍の顎(あぎと)

2004年3月の詰将棋パラダイス発表時点での完全限定ばか詰の最長手数。それだけでなく、難易度もかなりのもの。寿限無機構はともかくそのほかの部分が難しく、手に余る部分はあるし、なによりインターネットでも見ることができる解説(冒頭のリンク)が充実している。……のだが、途中図だけでも意味はあると判断して並べることにした。手順については龍の顎結果稿からコピペさせてもらっていることを名言しておきます。

47歩、57玉、58歩、同玉

まず4手目からして凶悪で、私はこれが当時読めなかった。39桂をタネにすれば持駒増幅はできるのだから、ここで歩を消費してよいのだ。当面の目的としては、桂打ちでと金を呼び出してはがすのだが、その呼び出し先が58限定なのだ! それ以外に方法はない。

59歩、47玉、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、23王、33歩、

玉を移動しての空き王手に3段目に合駒をさせて玉で取るのが龍の顎の根幹。
27桂、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、36玉、23王、25玉、33王、35玉

39桂が持歩に変わる。この機構を使って歩稼ぎができる。
23王、33桂、

歩を桂にしてもらう。
36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、23歩、39桂、

36玉、23王、25玉、33王、35玉、23王、33歩、27桂、

25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、36玉、23王、25玉、33王、35玉

歩稼ぎのしくみは、王の空き王手を続けては千日手だが、3筋に合駒をさせて別の駒で王手をすることで玉の列をずらせる。それによって、歩>桂への持駒変換ができる。加えて、1枚の桂による王手が9段目、7段目からの2回できるので桂1枚で2枚の歩を稼ぐことができる。組み合わせて歩>歩歩への歩稼ぎとなる。縦に長い盤面なら桂の滝登りみたいな歩稼ぎ趣向ができそうだが、余談余談。しかし龍の顎とはうまい名前をつけたものだ。美しい歩稼ぎ趣向。

さて歩が足りない。落ちている歩を回収しよう。

23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、23歩、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、36歩、同と、47桂、同と

まず35とを運ぶ。
歩稼ぎ、23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、26と

さてさて、手数勘定をちゃんとした人にしかわからない、つまり私にはわからない罠がある。と金の呼び出しは基本直接王手で呼び出すわけだが、16とに関しては呼び出し先が2筋なので27が空いているため移動合で呼べるというものだ。

39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、36歩、同と、

呼び出した36とが47桂の取桂駒にもなっている。
47桂、同と
歩稼ぎ、
23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、25玉、33王、35玉、36歩、46玉、(歩⇒桂)
58桂、同と

これが59歩の効果。1枚目同様に39桂で47とを取ると桂が立ち往生するのだ。

47歩、57玉、58歩、56玉、57歩、45玉、46歩、36玉、
23王、25玉、33王、35玉、

歩を稼いで1枚を桂にして36歩、46玉、47歩、同玉、39桂

39桂を打ったシーンを見せたかったので元の解説とはずれた局面。4筋の歩を消去した。この歩を一旦渡さないと歩が足りない。
39桂>歩、歩稼ぎ、歩>桂、47歩、57玉、58歩、47玉、39桂、39桂>歩

5筋の歩を下げた(ここまで432手)。
歩を稼いで一枚を桂にしてから。

36歩、46玉、
47歩、56玉、57歩、67玉、68歩、77玉、78歩、76玉、77歩、85玉、
86歩、96玉、97歩、95玉、96歩、94玉、95歩、93玉、85桂、

まずはこの桂で大仕事達成。
同歩、94歩、84玉、85歩、75玉、76歩、66玉、67歩、55玉、56歩、45玉、
46歩、36玉、23王、25玉、33王、35玉、
(基本形:ここまで570手)

大目標の84歩にようやくたどりつき、やっと「寿限無」の形になった。歩下げについては途中図だけ入れよう。ここもちゃんと考えると手数を守るのが大変だが、キャパオーバーです。以下、手順はオリジナルの解説の引用というより転載だ。唐突に略記記号がでるが、オリジナルの解説を参照されたし。

「A、A、
23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、23歩、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、27桂、46玉、47歩、56玉、
57歩、45玉、46歩、36玉、23王、27玉、33王、36玉、23王、25玉、
33王、35玉、M、N」(=T)

4筋の歩を消して、歩を稼ぎ直して5筋の歩を下げる。そうしないと前述のとおり歩が足りない。39桂の47への効きで1歩不足を補う形で玉を右に戻すことができ、そのまま27への効きで歩稼ぎ機構に転用できる。この仕組みが凄い。多くの作品で寿限無機構と歩稼ぎの接続は単純な歩の連打だが、こんなこともできるのだ。

以下ほぼ途中図のみとなるが、完全限定されていたのが当時は破格。

A、A、A
「23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、23歩、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、27桂、46玉、47歩、56玉、
57歩、67玉」(=D)

68の歩を下げて戻ることもできるが、

68歩、76玉、77歩、66玉、
「67歩、55玉、56歩、45玉、46歩、36玉、23王、27玉、33王、36玉、
23王、25玉、33王、35玉」(=E)

6筋をとばして、7筋の歩下げを行う。のだが、その理屈はわかっていない。ともかくこれが一番早い。

T、A、A、A、D、68歩、77玉、78歩、66玉、
E(基本形からここまでをW7とする。ここまで1454手)

T、A、A、A、D、
68歩、76玉、77歩、85玉、86歩、75玉、76歩、66玉、


W7
T、A、A、A、D、
68歩、76玉、77歩、86玉、87歩、75玉、76歩、66玉、
E(基本形からここまでをW8とする。ここまで3230手)

W7
T、A、A、A、D、
68歩、76玉、77歩、85玉、86歩、94玉、95歩、84玉、85歩、75玉、
76歩、66玉、E

9筋に手がかかる。

W8、W7
T、A、A、A、D、
68歩、76玉、77歩、85玉、86歩、95玉、96歩、84玉、85歩、75玉、
76歩、66玉、

9筋の歩を下げる。言うのは簡単だが4000手ほどかかる。

W8、W7
T、A、A、A、B、(ここまで12516手)

もう一回8筋までを再整列させるので、もう4000手。

途中図を入れただけだが、歩の動きは伝わっただろうか。さて、ここから詰ませるのも難しい。序で84歩を93玉に85桂で呼び出してはがすのだが、同じように73桂も93玉に85桂で呼び出してはがすことができる、というのも盲点になるようだ。

47歩、56玉、57歩、67玉、68歩、76玉、77歩、85玉、86歩、94玉、
95歩、93玉、85桂、

これで念願の桂が手に入る。ところで、こんな詰め上がり候補がある。私はこんな図を想定して手数を数えずに収束はわかったつもりになっていた。歩の位置はちょいといい加減。綺麗なんだけどともかく歩下げがさらに必要なので必要手数はお察し。

さて正しい収束。

同桂、94歩、84玉、85歩、75玉、76歩、66玉、
67歩、55玉、56歩、45玉、46歩、36玉、23王、25玉、33王、35玉、
23王、33桂、27桂、25玉、33王、24金、17桂、14玉、26桂迄 12555手。

これはこれで主役の桂が働いた悪くない詰め上がり。作品名を象徴する歩稼ぎ、限定された寿限無趣向、難しい収束ととても難しい序。素晴らしい作品。

龍の顎の影響

龍の顎は作品それだけではなく、他の作品に少なくない影響を与えた。なんといっても、「寿限無機構は限定にできる」という発見。これはすぐに「寿限無完全限定化案」で花開いた。

なお、龍の顎より先の例だが、Wazir王(上下左右に1マスだけ動ける王)を使えばあっけないほど簡単に限定できる。原案2002年、公式発表は詰パラ2015年2月号の第43回神無一族の氾濫

また、途中で稼げる歩を増やすといった破調を抜きにすればこちらの「歩下げ手順の研究」で非限定を生じない歩下げのパターンがある程度網羅されている。つまり、寿限無機構の歩の位置を調整することの価値はそれほど高いものではなくなった。

言ってみれば、寿限無機構は機構のひとつに位置づけることができるようになったと思う。超高級なと金ベルトみたいな。玉を運ぶという意味では役割は一緒なのだ。では、寿限無機構はどうやって使わるべきなのか。

寿限無機構を使った作品は通常次のような構成をとる。一部パーツは部分的に使われたり再利用されたりする。

「序」「歩稼ぎ」「稼げる歩増やし」「寿限無機構」「寿限無の目的」「収束」

歩稼ぎは寿限無機構の一部とみなしたほうが良いかもしれないが、この稿では分割している。これらのパーツのどこで主張するのか。現時点で一番面白い拡張をしたと考えているのは下記の作品。

第56回WFP作品展より、「BATACO」だ。「寿限無の目的」が主張であり、その目的は金ノコだ! 金ノコは寿限無1回につき2マスだけできる。つまり「歩稼ぎ」×「寿限無機構」×「金ノコ」の3つの掛け算になっているのだ。金ノコをするために寿限無を繰り返し、寿限無を繰り返すために歩稼ぎを繰り返す。寿限無機構の繰り返しがある作品はほかにもあるが、明確に掛け算といっていい別趣向が入っているのは秀逸。

金ノコにも歩稼ぎにも1段目の馬が働く構成が奇跡的。馬のピンの構図はさすがチェインの作者だ。

他のアプローチ例。森茂追悼作品展より。記事は左メニューの▼をクリックすると読むことができる。

この図の主張は「稼げる歩増やしの謎」だ! 歩稼ぎのキモである駒を転用して歩稼ぎにつかえる歩を増やす、というマジックで、相当に謎が深かったようだ。この謎には難点があり、どうやら手順が限定できないようだ。作品はそれでも素晴らしいし、なにより森茂氏の生きた時代を考えるとかえって追悼にふさわしいのではなかろうか。

同じ追悼作品展で見逃せない神無七郎氏の傑作があるので図面だけ引用しよう。限定された歩稼ぎと技ありな収束とひとことで言うにはもったいない作品で、いずれ機会があれば記事上で並べてみたい。

「シェエラザード」